2010年12月25日土曜日

境港

今日は境港に行ってきたことをちょっと書いてみたい。
私はここ数年で何回か境港に行っている。もちろん
お目当てはゲゲゲの鬼太郎を始めとする水木しげるワールドの
妖怪たちである。
まず新大阪から新幹線で岡山まで行き、そこから伯備線に乗り換え
特急スーパーヤクモで約2時間かけて米子まで行く。そこから
既に水木しげるワールドが待っているのだ。米子から境港に行く
鉄道は霊番線から発車するのだ。車両のいくつかは鬼太郎やねずみ男
の絵が電車の外側から中の天井までいっぱいに描かれている。
境港までのいくつかの駅の名前は全て妖怪の名前でできている。
例えば泥田坊であるとか、べとべとさんであるとか。
そして終点の境港駅の別名は鬼太郎駅なのである。だから境港駅に
着いた時は既に水木しげるワールドにどっぷりと使っているのである。
今回は2年ぶりであるが、来るたびに妖怪が増えている。
駅前からいわゆる水木しげるロードなる広い道がありその両側の
歩道には色々な妖怪のブロンズ像がある。これが少しづつ増えているのだ。
平日であるにもかかわらず、けっこうな数の観光客がいた。
これもテレビでこの間までやっていたゲゲゲの女房の影響か。
お年寄りの団体さんがゾロゾロと歩いてたからなあ。
あのお年寄りたちがこうして縁もゆかりもない地へ来て観光客として
それぞれ現地へお金を落として行くから今まで死にかけていた
この町が息を吹き返したのだ。一人の漫画家のお陰で一つの町が
蘇るなんて誰が想像したであろうか。
私は学生時代から水木しげるの漫画が好きだった。しかしそれほど
メジャーではなかったように思う。オバケや妖怪が主人公なので
あまり万人向けではなかったのだ。あとはテレビの影響が大きいのかな。
悪魔君の実写版が昭和40年代に放映されたり、ゲゲゲの鬼太郎の漫画が
何回か放映されたりして徐々に子供たちから我々大人まで幅広い支持層が
形成されたのだ。こういう現象は水木しげる以外では見られない。
それにしても妖怪は一人や二人ではないのだ。何十何百といるのだ。
こうなってくると水木しげるというユニークな漫画家はそれこそ
死んでも描ききれないほどのアイディアを持っているのだろう。
長生きしてもっともっと妖怪漫画を描いていってほしい。

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